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自分が自分であり続けるために マルクス・アウレーリウス「自省録」感想。

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マルクス・アウレーリウス

「自省録

 

自省録 (岩波文庫)

 

 

 

を読んだよ!

 

第16代ローマ皇帝マルクス・アウレーリウスによる著作、

ストア哲学の名著である「自省録」です。

(名前の表記は揺れが見られます)

ja.wikipedia.org

さてこちらの自省録ですが、まずは訳者さんの言葉を紹介しましょう。

マルクス・アウレーリウスはエピクテートスのあまりにも忠実な弟子で

あって、そこには思想的になんの新しい発展もない。

…訳者がする評価としてはあっさりとこき下ろしてるよなこれ。

ストア哲学そのものについても、

その説くところの物理学も論理学ももはや我々にとって

ほとんど意味がない。

全分野の否定はしてないけども、結構言うよね。

まあ学問なんて古い時代のやつとかはそんなものかもしれないけどさ。

これは我々の内に新しい生命を湧き上がらせるていのものではない。

(中略)

全人格の重心のありかを根底からくつがえし、

おきかえるような契機を与えるものが必要である。

それはストア哲学にはない。

ほんっとにボッコボコやな!訳者の言う台詞かこれ…?

大体、こんなに叩かれるやつが何で今まで残っているのか。

このストア哲学も、一度マルクスの魂に乗り移ると、

なんという魅力と生命を帯びることであろう。

それは彼がこの思想を身をもって生きたからである。

生かしたからである。

彼は書斎人になりたくてたまらなかった。

純粋の哲学者として生きるのを諦めるのが彼にとって

いかに苦痛であり、戦いであったかは「自省録」の随所に

うかがわれる。

そう考えると、この本は哲学の本であると同時に自伝でもあり、

闘争の記録なんだなあ…そりゃ面白いわ。

 

で、これは俺としてはどういうう風に思うのか。

上の事をもろもろ考えると、決して新しい力とか意欲を湧き起こすような本ではない

というのはほぼ同意なのだ。

なんだろうな、0を1にするようなものではないと言えばいいのか。

新しいインスピレーションとか、発想とかの起爆剤にするのはちょっと難しい

と思う。

俺は、大体の人間は0という事は無く1から0、時にはマイナス面に落ち込みながら

生活していると思っている。

この自省録は、0を1にはしないが常に1であり続けるための本であり、

時には-1になったものを0にしてくれる本だと思う。

そうの意味では精神安定剤としての効果は抜群だと思うから皆読むといいよ!

 

自省録 (岩波文庫)

自省録 (岩波文庫)

 

 

 

 

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